Yuisho & Rekishi
01
由緒
Origin
天喜五年(一〇五七)、鎮守府将軍・源頼義公とその子・八幡太郎義家公が、前九年の役に際し八幡山の地に陣を構え、戦勝祈願のため祭壇を設け京都・石清水より八幡大神を勧請したことに始まる。
天喜五年(1057年)鎮守府将軍・源頼義公とその子・八幡太郎義家公が、前九年の役に際し八幡山の地に陣を構え、戦勝祈願のため祭壇を設けました。
京都・石清水(いわしみず)より八幡大神を勧請したことが当社の始まりとされ、以来、当地域の守り神として氏子崇敬者により連綿と祭祀が執り行われてきました。
中世には葛西家臣西郡氏の崇敬を受け、沼館乾方(北西)の鎮護とされました。江戸時代には仙台藩中奥を代表する八幡神社として広く知られるようになります。
02
御祭神
Deity
応神天皇
おうじんてんのう 八幡大神(はちまんおおかみ) 誉田別尊(ほんだわけのみこと)
さまざまな伝承から、ご利益は安産・子育て、家内安全、厄除け、長寿、文化発展など多岐におよびます。
源氏の氏神として武神八幡の信仰が広まり、勝負事の神様としても広く崇敬されてきました。
03
歴史
History
江戸時代 — 登米伊達家の崇敬
慶長10年
1605
1605
伊達(白石)相模宗直公、田高を献納。
慶長12年
1607
1607
宗直公、文庫箱一個を奉納。伊達家「立引の御紋」の使用を許可。
元和2年
1616
1616
宗直公、槍一筋を奉納。
寛永13年
1636
1636
伊達刑部宗貞君、御旗一旒を奉納。
明和7年
1770
1770
伊達式部村良君、社殿建て替えに際し金百切を寄進。本殿・拝殿・随神門・四方の参道が整備され、往古の鮮やかな朱塗りは「奥州の朱八幡」と称えられた。
文政12年
1829
1829
伊達長門宗充君、社寺奉行に命じ屋根替えを実施。
安政5年
1858
1858
伊達邦教君、騎馬武者六十騎他を従えて参拝。代々の領主は、御猟場へ向かう際は先ず当社を参拝することを例とした。
近代 — 社格の変遷
明治6年
1873
1873
村社に列せられる。同40年(1907年)には神饌幣帛料供進社に指定。
昭和4年
1929
1929
神饌所が造営され、郷社(ごうしゃ)に昇格。
現代
昭和62年
1987
1987
「宮城の自然百選」(朝日新聞社・宮城県・財団法人森林文化協会)、「みやぎ新観光名所百選」(河北新報社)にそれぞれ選定。
平成3年
1991
1991
御大典奉祝記念事業として大鳥居を造営(平成の大鳥居)。鉄製亜鉛引き造り、高さ12m、笠木長さ15.7mと県内最大規模。
平成29年
2017
2017
ご創祀960年記念大祭を執り行い、弓張窪・経壇森を整備。
04
関連文献
Historical Records
江戸時代の代表的な地誌・地理書に当社の記事が記録されています。
江戸期地誌
奥羽観蹟聞老志
江戸期地誌
封内名蹟志
江戸期地誌
封内風土記
安永年間
安永風土記